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花魁の悲哀
花街と申すは、うつし世のかげとも申すべきところにて、光と影とが重なりあひ、香と翳とがたゆたふ異界なり。かの紅灯(こうとう)の巷にて、いとも艶やかなる姿をもて、男のこころを魅了するものを、人は花魁(おいらん)と呼ぶ。
花魁とは、遊女のなかにも位高く、教養あり、唄も舞も達者にして、客をもてなす才に長けたる者なり。その装いの華麗さは、春の花に優り、言葉の巧みさは、琴の音のごとく柔らかし。されど、その内に秘めし思ひの深さを、誰ぞ知る者あらんや。
花魁とは、すなはち、人の歓びを生業(なりはひ)とするものにして、自らの歓びを封じし者なり。恋を語れど、それは商ひの言葉。笑みを浮かべど、それは化粧のうち。まことの情を抱くとも、それを明かすは禁じられ、さながら夢を売るものの業(ごう)なりけり。
わづか七つ八つの齢(よはひ)にて親の手より引き離され、禿(かむろ)となりて花の道に入れば、情のふところに棲むことはすでに許されず。日々、躾と稽古に明け暮れ、折檻に涙しながらも、いつか花魁の座につく日を夢見て耐えし者の姿、哀れと申すほかなし。
花魁となりては、江戸の町人、武士、果ては大名までもが、その艶(つや)を慕ひて吉原の門をくぐる。されど、それらの男たちの誰ひとりとして、彼女を真の妻として迎ふることはなし。身を焦がすほどの恋をしても、それはすでに失はれた未来なり。
ある年の暮れ、雪の降りし夜に、老いた花魁が独り酒を傾けつつ、こう呟きしを聞きぬ。
「わっちのいのちは、夜の灯(ともしび)とおんなじだ。吹けば消ゆるを知りながら、今日も誰かの夢を照らしておる」
あはれ、花の命は短くて、その輝きは、かくも切なきものなり。紅の香(か)ほる襟足のうしろに、涙ひとしずく、隠れておりしを、誰が気づきしや。