教育の在り方

間違った価値観に基づいた評価指標を、親が子に向け続けているのではないか?と思うことがあります。 学歴とかが良い例で、より偏差値の高い大学へ進学させ、その結果として、より多くの生涯収入を得られるとか・・ですが。 他のページでも書いてますが、「自分の居場所」があると実感できる大人がどれだけいるのか?とか、子供が「居場所がない」と思うなら、大人の側の”私”には居場所はあるのだろうか?とか・・そういう疑問は自戒の意味も込めて考えてみる必要はあると思います。 また、幸不幸を生んでいるのは何なのか?とか・・

僕の観察では、フォロを外して風を切るようにポルシェに乗ってる人で、かっこよく見える人はかなり少ない。 ある種の競争で勝ち抜いてきた人たちで、頑張って生きてきたのだろうが、(価値観がお金やブランドにある人なのだろうか?)貧相な印象があるんです‥心や精神の豊かさが感じられないのでしょう。 それよりも、ちょっと洒落たバイク(自転車)で通り過ぎるオジサンの方がよっぽどかっこよく見えたりします。 ですから、地位とかお金にしがみ付く人生を送っていると、人はだんだん醜い顔や姿になっていくのではないか・・と思ったりします。 バイク(自転車)は買えてもポルシェは買いえないし‥と思う人は、自分の持っているお金と他人の持っているお金を比べて”不幸”になっているような気がしてなりません。 他者との比較の中に自分の位置(ポジション)を探してる人は永遠に幸福には成れないような気がします。

ですから、親がこれまですり込まれてきた間違った価値観や評価指標で子を見ることを止め、「比較」の中ではなく「多様」な中に価値を見出すような子育てを考えるとよいと思います。 このことは、親だけでなく、教育現場全体で求められることですが。

投稿者:

xs136481

個人経営で個別指導塾 塾長を50年続けてきました。 駅前で大手がひしめく中、運営してくことの難しさと個人経営であるが故の多様な在り方を実践してこれたことへの自負とがあります。 学習塾とはどうあるべきか、親は子へどのような接し方が”理想・現実”であるのか、ここにはすべて塾長の本音を記していきます。 そして今、老年期を迎え、「楽しく生きること」への模索を綴ってます。

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