短編小説&写真 「どこか遠くへ」

「何よりも孤独を愛していたのだから」

 エレーヌ・ボーモンがこの世に生を受けたのは、パリ郊外の小さな村だった。彼女は生まれながらにして孤独を愛した。幼いころから庭の隅で一人、木の葉を指でなぞりながら時を過ごすのが好きだった。彼女は騒がしい子どもたちの輪に加わることを好まず、友人を作ることにも関心がなかった。

 成長したエレーヌは、村の書店で働くようになった。彼女の暮らしは静かで穏やかだった。毎朝、店を開け、棚に並ぶ本を一冊ずつ撫でるように整理し、昼間は訪れる客に控えめな微笑を返す。そして夜、家に帰るとランプの灯りの下で本を読み、眠りに落ちる。それが彼女の日常だった。

 周囲の人々は彼女を不思議な女だと囁いた。「どうしてそんなに独りでいるの?」と尋ねる者もいたが、エレーヌはただ微笑むだけで何も答えなかった。彼女は寂しさを知らなかった。いや、むしろ他者との関わりの中にこそ孤独を感じることがあった。

 ある日、パリから一人の男が村へやって来た。ジャン・ルヴェルという作家で、執筆のために静かな場所を求めていた。彼は書店でエレーヌを見かけ、その端正な横顔に惹かれた。幾度か訪れるうちに、彼はエレーヌと話すようになった。「君はなぜこんなに静かなんだい?」と彼は尋ねた。

 エレーヌは少し考えてから答えた。「私の世界は、私の心の中にあるのです。」

 ジャンは彼女の言葉に興味を持ち、熱心に話しかけるようになった。エレーヌは最初こそ距離を取っていたが、彼の落ち着いた物腰に安心し、少しずつ自分の思いを語るようになった。

 しかし、それでもエレーヌの心は変わらなかった。ある夕暮れ、ジャンは彼女に告白した。「君と一緒に生きたい。僕のそばにいてくれないか?」

 エレーヌは静かに彼を見つめた。そしてゆっくりと首を振った。「ジャン、あなたは私にとって特別な人。でも、私は誰かと生きることができないのです。孤独こそが私の魂の形なのです。」

 ジャンはそれ以上何も言えなかった。彼は彼女を愛していたが、彼女が何よりも愛しているものが孤独であることを理解していた。

 やがてジャンは村を去った。そしてエレーヌは再び静かな日々に戻った。彼女はこれからも一人で生きるのだろう。けれど、彼女の心には何の後悔もなかった。

 彼女は、何よりも孤独を愛していたのだから。

「哀愁の化身として」

 写真家である私は、いつものようにパリの街角をさまよい、時折足を止めてはカメラを構えていた。霧がうっすらと漂い、ガス灯の光が柔らかく通りを照らしている。私は何か特別なものを探していた。美しさ、憂い、そして時間の中に隠された物語——それらを一枚の写真に収めるために。

 そのとき、彼女を見つけた。

 古びたカフェの角に腰掛け、ゆっくりと煙草を燻らせている。長い睫毛の下に沈んだ瞳はどこか遠くを見つめ、憂愁の影を帯びていた。彼女の白い指先がカップをなぞる仕草に、私は一瞬で魅了された。まるで十九世紀の詩人が描く恋愛詩の一節のように、彼女の存在は静かでありながらも、人の心を掴んで離さない。

 私はファインダー越しに彼女を覗き込んだ。完璧な構図——いや、そんな言葉では足りない。彼女の佇まいそのものが、哀愁に満ちた芸術だった。何枚かシャッターを切った後、私はカメラを下ろし、彼女に近づいた。

「ムッシュ、写真をお撮りになっていたのですね?」

 彼女の声は囁くように穏やかだった。私は頷き、正直に言った。

「あなたの姿に惹かれました。あなたは何かを待っているのですか?」

 彼女は微笑を浮かべたが、その笑みもまた、どこか影を帯びていた。

「待っているのかもしれませんね。でも、それが何かは分からないのです」

 その答えは、私の心を奇妙に打った。彼女はまるで、永遠に手の届かない幻のように、掴みどころがなかった。しかし、私は確信した。今夜、私は彼女という奇跡をカメラに閉じ込めたのだと。

 彼女が最後にカフェの闇へと溶けていくまで、私はその姿を目で追い続けた。まるで夢のように、彼女は現れ、そして消えていった。

 数日後、現像した写真を眺めながら、私はある奇妙なことに気付いた。写真の中の彼女は、まるで私の方を見つめ、何かを語りかけているようだった。彼女の哀愁はそこに刻まれ、永遠に消えることはない。

 それ以来、私はもう一度彼女を探し求め、同じカフェを訪れるようになった。しかし、二度と彼女の姿を見かけることはなかった。

 そして、私はふと思った。もしかすると、彼女はこの世の人ではなかったのかもしれない——哀愁の化身として、私のカメラの前にだけ現れたのではないか、と。

「気まぐれな妖精の気配」

 夜の劇場の楽屋には、甘い香水と汗のにおいが入り混じり、絢爛たる光と影が交錯していた。写真家ルイ・デルヴォーは、カメラを抱えたまま、目の前の踊り子をじっと見つめていた。彼はこの夜、評判の踊り子ソランジュの撮影を頼まれていた。噂によれば、彼女の踊りは官能と無邪気の間をたゆたう、まるでシャンパンの泡のように弾けるものだという。

 「ムッシュ・デルヴォー、ご用意は?」

 ソランジュが軽やかに声をかける。彼女は、深紅のコルセットにフリルのついたスカートをまとい、まるで一輪の花のように艶やかだった。その瞳は小悪魔のように光り、彼女の周りには気まぐれな妖精の気配が漂っていた。

 デルヴォーは無言でカメラを構えた。だが、ファインダー越しに彼女の姿を捉えた瞬間、彼の手がかすかに震えた。レンズの中のソランジュは、身体のすべてを使って歓喜と挑発のリズムを刻んでいた。肩が滑るように揺れ、腕が天に向かって伸び、唇はあどけなくも、甘美な微笑を浮かべる。

 「どうしましたの?」

 彼女は一歩近づき、その声にはからかうような響きがあった。デルヴォーは喉の奥で息を詰まらせた。冷静にシャッターを切るはずだった彼が、なぜか心臓の鼓動を抑えられずにいた。プロの写真家として、女優や貴婦人たちを数多く撮影してきたのに、この女には何か決定的に違うものがあった。

 彼女は笑った。そして、ふわりとスカートを翻し、踊りを再開する。彼女の動きは生命そのものの奔流だった。決して計算ではない、純粋な女の喜びと誇りに満ちた舞い。

 デルヴォーは再びカメラを覗いた。だが、彼はソランジュの魂を写せるだろうか?彼が今感じているこの奇妙な熱、この戸惑い、それすらも写真に封じ込めることができるのか?

 シャッター音が、闇の中で幾度も響いた。彼は自分の手が震えていることに気づいたが、それでも撮ることをやめなかった。彼は確信していた──これは単なる肖像写真ではない。彼のカメラは、彼女の踊りと、彼自身の動揺を記録し続けるのだ。

 最後の一枚を撮り終えたとき、ソランジュはいたずらっぽく微笑み、ゆっくりと彼に近づいた。

 「今度はあなたが踊る番よ、ムッシュ・デルヴォー。」

 彼女の指がそっと彼の頬に触れた。彼の動揺は頂点に達し、思わずカメラを落としそうになった。

 その夜、彼の心には初めて知る感情が刻まれた。写真家としてではなく、一人の男として、女の美しさにひれ伏すという感情が。

「異国の地で・・」

パリの片隅、冷え冷えとしたアトリエの中で、リュシーは鏡の前に立っていた。部屋には絵具の匂いが満ち、窓から射し込む冬の光が彼女の細い肩を淡く照らしていた。

リュシーは十八歳。母親が亡くなった後、彼女はひとりでこの異国の地にやってきた。フランスの田舎町で育った彼女には、帰る家もなかった。父は彼女がまだ幼いころにいなくなり、母は長年の病に倒れた。埋葬を終えた日、リュシーは手元に残ったわずかな金を握りしめ、汽車に乗った。行き先はパリ。彼女の心の中で「どこか遠くへ」という言葉がこだましていた。

最初の数週間は惨めだった。馴染みのない街、冷たい石畳、すれ違う人々の無関心な目。寝る場所もなく、空腹に耐えながら彷徨ううち、ある日、サン・ジェルマン・デ・プレのカフェでひとりの画家に声をかけられた。

「君、描かれることに興味はないか?」

老いたその画家は、古びたイーゼルを抱えていた。彼はリュシーの顔を見つめ、微笑んだ。「美しい瞳だ。澄んでいて、どこか哀しげだ……。」彼はしばらく考え込んだ後、付け加えた。「モデルになれば、パンとワインくらいは手に入るかもしれないよ。」

リュシーは答えなかった。しかし、空腹が彼女を動かした。アトリエに連れて行かれ、古いソファに腰を下ろすと、彼はキャンバスに向かった。絵筆がカンバスを滑る音だけが、しばらくの間、部屋に響いた。

それが彼女の「仕事」の始まりだった。やがて、彼女の姿を求める画家が増えた。裕福な芸術家たちは、彼女の繊細な体つきと青白い肌を好んだ。時には衣服を脱ぐこともあったが、それが彼女にとって何かを失うことにはならなかった。彼らの筆が彼女の存在を永遠に留めようとするたび、リュシーは初めて自分が「誰か」に必要とされていることを感じた。

しかし、それでも彼女の生活は決して楽ではなかった。アトリエの寒さは骨までしみ、仕事のない日は飢えに苦しんだ。パリの冬は容赦がなく、凍える夜には安宿の薄い毛布にくるまりながら、彼女は母の面影を思い出した。だが、もう誰も彼女を抱きしめてはくれない。誰も、彼女を気にかけることはなかった。

ある日、ひとりの若い画家が現れた。名前はジャンといった。まだ無名の彼は、リュシーをモデルにしたがった。しかし、彼は他の画家たちとは違った。彼は金を持たず、成功もしていなかったが、リュシーを「ただのモデル」としてではなく、「人」として扱った。

「君は、何を思いながらここに座っているんだ?」彼は絵筆を持つ手を止め、リュシーの瞳をのぞき込んだ。

リュシーは少し驚いた。これまで誰もそんなことを聞いたことはなかった。彼女は静かに答えた。

「……何も。」

ジャンは微笑んだ。「嘘だよ。君の瞳は物語を語っている。」

彼は彼女を描き続けた。彼の筆は、他の誰よりも優しかった。彼の手が動くたびに、リュシーは自分が少しずつキャンバスの中で生きていくように感じた。彼女はただの「モデル」ではなくなりつつあった。

数ヶ月が過ぎたある日、ジャンは彼女にこう言った。

「君はここにいちゃいけない。」

リュシーは驚いた。「どういう意味?」

「君は、誰かのために生きる人間じゃない。君自身のために生きなきゃ。」

リュシーは答えなかった。だが、心のどこかで彼の言葉が響いていた。彼女は長い間、「生きるために」モデルになってきた。だが、それは「自分のため」ではなかったのかもしれない。

その夜、リュシーはパリの街を歩いた。橋の上に立ち、川面に映る光を眺めた。彼女の人生は、このセーヌの流れのようだった。静かに、しかし確実に、どこかへと流れていく。

リュシーは深く息を吸った。そして、初めて自分の足で、次の場所へ歩き出した。

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個人経営で個別指導塾 塾長を50年続けてきました。 駅前で大手がひしめく中、運営してくことの難しさと個人経営であるが故の多様な在り方を実践してこれたことへの自負とがあります。 学習塾とはどうあるべきか、親は子へどのような接し方が”理想・現実”であるのか、ここにはすべて塾長の本音を記していきます。 そして今、老年期を迎え、「楽しく生きること」への模索を綴ってます。

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