生まれ変わる儀式
これは君が生まれ変わるための儀式
薄闇のスタジオの中央に
ひとつずつ剥がしていく
布だけでなく 記憶の襞も
沈殿した声の残響も
シャッター音が鳴るたび
影は後ろへと遠のいていく
十七の夜の傷も
父の拳の跡も
母の冷えた眼差しも
レンズの向こうの視線に怯え
刃のような光に震えながら
けれども気づく
これは削り取る行為ではなく
塗り替える作業なのだと
シャッターが鳴るたびに
私は私のものになっていく
誰のものでもないこの身体
この指 この瞳
生まれ変わるたびに
「君は何かを捨てるためにここにいるのか？」
彼の問いかけに 私は頷いた
ならば
それを写真に残そうと
その日私は
最も静かに 深く 脱いだ
脱ぎ捨てるのは羞恥ではなく
過去の私だった
シャッターが鳴るたびに
私は新しい物語を刻んでいく
かつての私はもういない
最後の一枚
「これは君が生まれ変わるための儀式だ」
写真の中の私は
静かに微笑んでいた
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「私をそのまま」
静寂が降りたスタジオに
光はそっと踊るように
白いカーテン かすかに揺れ
時の鼓動が囁く
彼女はそこに ただ立って
衣を脱ぎ 影をまとう
背筋は空へとまっすぐに
目は遥か 彼方を見て
カメラを持つ手が震える
何を映し 何を捉える
沈黙の奥に秘められた
言葉なき問いの重さ
「私をそのまま撮って」
響く声は 静かな確信
何も足さず 何も引かず
ただ あるがままに
シャッターの音が 切り裂く空気
瞬間は 永遠に閉じ込められ
裸の魂は 画布のように
カメラの中で 息づく
彼女の瞳は 何を語る
恐れもなく ただ澄んで
自らを刻みつけるように
静かなる意志が宿る
撮影が終わる 影が戻る
彼女は衣を そっと羽織る
「どうでしたか？」 その問いに
答えは まだ見えぬまま
彼の手の中の画面には
彼女がいた 彼を見つめ
時を超えて ただそこに
揺るがぬままに 立っていた
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【微笑の女】
小さな窓に月が灯る
静けさの中に揺れる影
壊れた椅子に膝を抱え
ひとつの嘆きが夜に溶ける
名はマリーヌ
愛されぬまま生まれた少女
母の冷たい指に縛られ
飢えを罰として与えられ
それでも美しさを秘めたまま
静かに心を閉じ込めた
やがて知る
鏡に映る己が「美しい」と
ならばこの肌を夜に預け
光の先に自由を探そう
月の衣を纏いながら
裸の魂を写し取る
白い膚に触れる指先
磨かれゆく苦しみの果て
痛みのすべてを抱きしめて
微笑むその顔は清らかに
私は見た
欲望も恐れも無い瞳
ただ静かに語る願い
悲しみを美しさに変え
世界に響く光となる
そしてシャッターが響く時
彼女の微笑は流れ星
汚れてなお輝くように
夜の闇に消えていった
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【静寂の儀式】
裸の身体はただの被写体ではなかった
彼女の名はエリーナ
それ以上の言葉は要らなかった
ただそこにいるという事実だけが
マークの世界を満たしていた
柔らかな光が窓から射し
白いシーツを淡く照らす
風の音が遠く微かに響き
空気は静けさに満たされる
エリーナは立つ
指先に迷いはない
布を滑らせるたびに
沈黙が深くなる
スカートのジッパーが開かれる音
ショールが肩を滑る瞬間
世界はひとつの儀式となった
ベッドに横たわるその姿
呼吸のリズムは海の波
膝をわずかに曲げた静寂
目を閉じたその表情は
まるで夜明け前の祈りのよう
「始めていい？」
彼は問うた
応えは言葉ではなく
静かな頷きがすべてを語る
ファインダー越しに見えるもの
それは光と影の戯れではなく
彼女が生きてきた時間のすべて
肌に落ちる光が語る物語
その静寂は無言の詩
シャッターの音が響く
それは侵入ではなく
彼女の沈黙への賛美だった
時間がゆっくりとほどけるように
彼は撮るのではなく記すのだと知る
彼女の中にある何かを
それは静寂であり
力であり
決して触れることのできない
神聖なるもの
そして光は落ちた
シャッターの余韻の中
エリーナはただそこにいた
静寂を纏いながら
撮影が終わると
彼女はゆっくりと目を開けた
その瞳には何も映らず
ただ微かな安堵が漂っていた
「ありがとう」
彼はそう言った
だが彼女は何も答えず
ただ静かに服をまとい
音もなく去っていった
扉が閉じる音が響く
それは終わりを告げる鐘のように
だが、部屋の空気は変わらず
彼女の存在がまだそこに漂う
彼女は何かを差し出し
何かを取り戻していった
それが何だったのか
彼には知る術がなかった
彼は記録したのではなく
ただ立ち会ったのだ
静かに、慎ましく
一つの儀式が終わるのを
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