「親に認められない自分はダメなのか?」という悩みを持つのは、とても苦しいことだと思いますね。多くの子供たちが、親に認められることで自分の存在や価値を感じようとしますが、時にはその期待に応えることが難しく、息苦しさを感じることもあります。まずは、その気持ちに寄り添い、一緒に考えてみましょう。
あなたが感じているこの苦しさは、決してあなた一人のものではありません。他の子供たちも、親の期待に応えようと頑張りすぎてしまうことがあります。けれども、すべての人が親の期待通りにできるわけではありませんし、それは決して「自分がダメだから」ではありません。私たちは皆、それぞれ違った強みや興味を持っていて、それを理解することがとても大切なんです。
「自分は親にどう見られているのだろう?」と思うと、どんどん不安になってしまうことがありますが、それは親もまた、あなたのことを一番良い形で応援したいと思っているからです。だけど、その思いが時に重く感じてしまうこともあるかもしれませんね。親自身も、どう接していいのか迷っていることも多いんです。
ここで大切なのは、あなたが「自分自身がどうしたいか」を少しずつ見つけていくこと。親の期待も大切ですが、まずは自分自身の気持ちを知ることが第一歩です。あなたが「本当はこうしたい」と思っていることを少しずつ大切にしていくことが、将来的に大きな力になります。
息苦しいと感じる時、親に話すことが難しいと感じる時、それは決して「話してはいけない」という意味ではなく、話すためのタイミングや方法が今は見つかっていないだけかもしれません。そんな時には、信頼できる友人や、カウンセラー、先生など、少し違った立場の人に相談してみるのも良い方法です。あなたの気持ちを誰かと共有することで、少しでもその重荷が軽くなるかもしれません。
最後に、覚えておいてほしいのは、親に認められなくても、あなた自身の価値は少しも変わらないということです。あなたはあなたのままで、すでに大切な存在です。そのままのあなたを認めてくれる人は、必ずいます。
追記・・・
現代はAIの進化などで、(30年前の)君らの親の世代と現代(の子供)が求めるものがかなり違ってきている。 当然ですが、価値観も違ってくるので、君が大切にしようとすることと親たちが大切にしていることとはかなりの違いが出てくる。 私の生徒に、ゲームに夢中で将来はゲーマーになろうと思っている子がいます。 この場合、当然ですが、親はその子の夢を叶えてあげようとは思わないでしょうし、ゲームに夢中にならないで少しでも勉強時間を増やしてほしいと思っている。・・このようなケースでは親子は互いに相いれませんね。逆言えば、親の期待に沿っているようでは、その時点で、”時代遅れの価値観”しか有しない人になっているとも言えますよ。
価値観というものには、普遍的(いつの時代になっても変わらない)価値観と流行り(その時々で変わりうる)価値観がある。 例えば、「幸福でありたい」という価値観は普遍的であると言えるが、どうすれば幸福であれるか?という方法論になると時代によっても(各自によっても)違ってきます。漫画・アニメやゲームは今の時代の単なる流行りなのか?普遍性を伴ったものなのか?100年後になれば分かることですが、現時点では誰にも分かりません。