
私は絵を描くことから創作を始めた人間なので、キャンバスに色を重ねていくことには何のためらいもない。しかし、女体というキャンバスに色を置いていくとなると、まったく勝手が違う。
無機質なキャンバスとは異なり、そこには温もりのある人肌がある。それは、この上なく贅沢で、二つとして同じものが存在しないキャンバスだ。しかも、平面ではなく立体である。身体の起伏や筋肉の流れ、骨格や呼吸までもが、絵筆の動きに影響を与えてくる。
色を置く場所には、一つひとつ意味がある。ただ美しく彩ればよいのではない。身体の造形を生かし、作品全体の物語を考えながら筆を進めていく。その緊張感は、これまで経験したどの制作とも異なるものだった。
モデルの女性もまた、私の絵筆が肌の上を走るたびに、かすかな身じろぎや息遣いの変化を見せる。その微細な反応が空気を揺らし、私は一筆ごとに、絵を描いているのか、それとも人との信頼を描いているのかを、自らに問い続けていた。

全身ペイントを施すのに2時間かかり、その後の撮影に1時間を要している。 ペイントとは言っても、体に沁み込んで絵具がなかなかとれないようでは困るので、片栗粉を混ぜて簡単にはがれるようにしてなっている。 撮影時間が短いのも、徐々にペイントが剝がれていくからで、撮影が終わったときには、塗った絵の具はほとんど剥がれてしまっていたと思う。
<追記>この撮影が上手くいってないことは画像を観れば分かります。 言い訳ではありませんが、絵を描くことと写真を撮ることは”別人格”なので、一人二役はとっても無理のあることだと、後から分かりました。